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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)207号 判決

スイス国

8750 グラールスブルクシュトラーセ 28番

原告

シャネル エス.アー.

代表者

アルフレッド・ヘール

訴訟代理人弁護士

田中克郎

宮川美津子

中村勝彦

玉井真理子

大阪市西区京町堀3丁目8番6号

被告

共和ハンガー株式会社

代表者代表取締役

平川基之

訴訟代理人弁護士

藤田邦彦

同弁理士

福田進

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第9231号事件について平成9年3月13日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、別添審決書写し(以下「審決書」という。)の別紙(A)に表示するとおりの構成よりなり、指定商品を第19類(平成3年政令第299号による改正前のもの)「台所用品(電気機械器具、手動利器および手動工具に属するものを除く)日用品(他の類に属するものを除く)」とする登録第2276636号商標(昭和62年11月27日登録出願、平成2年10月31日登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、被告を被請求人として、平成3年5月8日、本件商標登録を無効にすることについて審判を請求し、平成3年審判第9231号事件として審理されたが、平成9年3月13日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月23日原告に送達された。

2  審決の理由

審決の理由は、審決書記載のとおりであって、要するに、「本件商標と引用商標(1)(審決書別紙(B)表示のもの)及び引用商標(2)(審決書別紙(C)に表示のもの)とは、図形全体から受ける視覚的印象を全く異にするものであるから、離隔観察においても、両者は外観上何ら誤認混淆を生じさせるおそれはないものであり、また、本件商標は特定の称呼、観念を生ずるものではないから、引用各商標とは比較すべくもなく、したがって、本件商標と引用各商標とは、外観、称呼、観念のいずれにおいても相紛れるおそれのない非類似の商標であり、明らかに別異のもといわざるをえない。してみれば、本件商標は、被請求人(被告)がこれをその指定商品について使用しても、請求人(原告)の業務に係る商品であるかのごとく商品の出所について混同を生じさせるおそれはないものであって、商標法4条1項15号に違反して登録されたものとはいえない。」と認定、判断したものである。

3  審決を取り消すべき事由

審決が、「本件商標は、被請求人(被告)がこれをその指定商品について使用しても、請求人(原告)の業務に係る商品であるかのごとく商品の出所について混同を生じさせるおそれはない」とした認定、判断は誤りである。

(1)  審決は、(a)本件商標と引用各商標との輪郭の違い及び有無、(b)本件商標が二つの輪を鎖状につなぎ合わせたものであるのに対し、引用各商標は二つの「C」字状図形を左右対称に交叉させたものである点、(c)本件商標は、輪郭図形と枠内図形とが同一の太さをもって一体不可分に結合された構成よりなるものであるのに対し、引用各商標はこのような特徴がない点を挙げ、本件商標は、引用各商標と比較して、曲線の描き方及び輪郭図形との組合わせ方を異にし、図形全体から受ける視覚的印象を全く異にするものであるとして、離隔観察においても、両者は外観上何ら誤認混淆を生じさせるおそれはないものであると認定、判断しているが、誤りである。

上記(a)の点について、本件商標の外枠部分及び引用商標(1)の外枠部分はありふれた図形であり、輪郭図形の違いは微差にすぎない。本件商標と引用商標(1)の要部は枠内図形であり、両商標の比較も枠内図形によりなされるべきである。また、引用商標(2)との比較は、本件商標の枠内図形によりなされるべきである。

上記(b)の点であるが、本件商標のデザインが二つの輪に由来する点については、本件商標に接した者が看取することは困難である。二つの輪を組み合わせた点は、被告の説明を受けて初めて認識し得るものである。外観上の類似性判断においては、かかる事情は捨象し、外観から受ける印象のみを基準に判断すべきである。本件商標の枠内図形は、その左右で輪郭図形に接しているため完全な輪が鎖状に結合しているという印象を与えず、むしろ、二つの「C」字状図形を左右対称に交叉させたものであるという外観を有している。

上記(c)の点について、輪郭図形と枠内図形の描線の太さの点は、類似性判断に際し重視されるべきではない。また、本件商標において、輪郭図形と枠内図形は必ずしも一体不可分であるという印象を与えておらず、枠内図形はその左右が輪郭図形と分離されていることを看過すべきではない。

(2)  引用各商標の要部は二つの「C」字状図形を左右対称に背中合わせに交叉させたところに存し、本件商標の要部は枠内図形に存するのであって、これらの要部を外観上観察すれば、本件商標が引用各商標に類似する商標であることは明らかである。そして、引用各商標は、遅くとも本件商標の出願時(昭和62年11月27日)においては、原告の商品である被服、香水、バッグ等の商品の商品表示として、また、原告の営業表示として、取引者及び需要者の間で周知著名性を獲得しているから、本件商標がその指定商品に使用された場合には、原告又はその関連企業の商品であるかのごとく商品の出所について混同を生じさせるおそれが存在することは明らかである。

(3)  したがって、審決の上記認定、判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1及び2は認める。同3は争う。審決の認定、判断に原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)(a)  本件商標は、矩形の輪郭と枠内図形とが同一の太さでもって一体に描かれていることにより、商標全体が一体不可分に結合された構成と認識されるものであり、両部分のいずれか一方を分離して看取しなければならないとする特段の事情は存在しない。本件商標の矩形の輪郭部分の視覚的印象は強く、引用各商標との差異は決して微差ではない。

(b)  枠内図形において本件商標が二つの輪と印象づけられるのに対し、引用各商標のものはあくまでも二つの「C」字状図形である。

我が国の家紋には「輪違い」と呼ばれる代表的な紋があるが、本件商標の矩形枠内に描かれた「2個の横長の輪を鎖状につなぎ合わせた枠内図形」もそれを図案化したものであって、決して二つの「C」字図形を左右対称に背中合わせに交叉させたものではない。

(c)  原告は、輪郭図形と枠内図形の描線の太さの点は、類似性判断に際し重視されるべきではない旨主張するが、失当である。

(2)  仮に、引用各商標が著名性を有するとしても、本件商標と引用各商標とは別異の商標であるから、被告が本件商標をその指定商品に使用しても、原告又はその関連企業の商品であるかのごとく商品の出所について混同を生じさせるおそれはない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の記載)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  審決書別紙(A)によれば、本件商標は、やゝ肉太の線で表された四隅を丸めた矩形枠の中に、それと同じ太さをもって表され、左右に僅かに間隔を設けた2個の横長の輪を鎖状につなぎ合わせたものを配置し、上記各輪の一端を上記矩形枠の左右両辺に接合させ、他端は上記矩形枠の左右両辺からごく僅かに間隔をおいて表したものであると認められる。

これに対し、審決書別紙(B)によれば、引用商標(1)は、細線で表された円輪郭内に、同じく細線で表された二つの「C」字状図形を左右対称に背中合わせに交叉させてなるであると認められる。また、審決書別紙(C)によれば、引用商標(2)は、二つの「C」字状図形を2本の線により肉太に表し、これを左右対称に背中合わせに交叉させてなるものであると認められる。

そして、本件商標と引用各商標とを対比すると、引用各商標は、二つの「C」字状図形を左右対称に背中合わせに交叉させてなるものである点に特徴が存するのに対し、本件商標は、矩形枠とその中の鎖状につなぎ合わせた2個の横長の輪とが同一の太さをもって表されている上、左右に僅かに間隔を設けた2個の横長の輪の一端を矩形枠の左右両辺に接合させ、他端と上記矩形枠の左右両辺との間隔もごく僅かであって、一見すると間隔の存在すら認識し難い程度のものであることから、矩形枠と2個の横長の輪が略一体不可分に結合された構成と認識されるものであり、矩形枠内の鎖状につなぎ合わせた輪自体の形状についてみても、横長であって、引用各商標の「C」字状のものとは異なるのであって、本件商標と引用各商標とは、図形全体から受ける視覚的印象を全く異にするものと認められ、両者は外観において類似しないものというべきである。

また、本件商標は特定の称呼、観念を生ずるものとは認められないから、称呼、観念の点においても、本件商標と引用各商標とが類似するということはない。

したがって、「本件商標と引用各商標とは、外観、称呼、観念のいずれの点においても相紛れるおそれのない非類似の商標であり、明らかに別異のものといわざるを得ない。」とした審決の認定、判断に誤りはない。

そして、甲第20号証ないし甲第46号証によれば、引用各商標が、原告の営業、及び、原告の販売に係る婦人服、化粧品、ハンドバッグ、アクセサリー等の商品を表示するものとして使用され、本件商標の出願当時には既に、「シャネル・マーク」として我が国においても周知著名であったことが認められるが、上記のとおり、本件商標は、引用各商標とは明らかに別異の商標と認められるから、「本件商標は、被請求人(被告)がこれをその指定商品について使用しても、請求人(原告)の業務に係る商品であるかのごとく商品の出所について混同を生じさせるおそれはない」とした審決の認定、判断に誤りはない。

(2)  原告は、本件商標の外枠部分(矩形枠)はありふれた図形であり、引用商標との比較は枠内の図形によりなされるべきである旨主張するが、上記(1)に認定、説示のとおり、本件商標は、矩形枠と2個の横長の輪が略一体不可分に結合された構成と認識されるものであるから、上記主張は採用することができない。

また、原告は、本件商標の枠内図形は、その左右輪郭図形に接しているため完全な輪が鎖状に結合しているという印象を与えず、むしろ、二つの「C」字状図形を左右対称に交叉させたものであるという外観を有している旨主張するところ、本件商標の2個の輪は、左右に僅かに間隔を設けたものであって、完全な輪とはいえないとしても、上記輪は横長である上、一端を矩形枠の左右両辺に接合させ、他端と上記矩形枠の左右両辺との間隔もごく僅かであって、一見すると間隔の存在すら認識し難い程度のものであるから、二つの「C」字状図形を左右対称に交叉させたものであるという外観を有しているとは到底認め難く、上記主張は採用することができない。

さらに、原告は、輪郭部分と枠内図形の描線の太さの点は類似性判断に際し重視されるべきではなく、本件商標においては、輪郭図形と枠内図形は必ずしも一体不可分という印象を与えておらず、枠内図形はその左右が輪郭と分離されていることを看過すべきではない旨主張するが、この点についても、上記(1)に認定、説示のとおりであって、採用することができない。

(3)  以上のとおりであって、原告主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担、上告のための付加期間の定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成10年5月14日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成3年審判第9231号

審決

スイス国 8750 グラールス ブルクシュトラーセ 28番

請求人 シャネル ニス.アー.

東京都港区虎ノ門3丁目5番1号 37森ビル8階 TMI総合法律事務所

理人弁理士 田中克郎

大阪市西区京町堀3丁目8番6号

被請求人 共和ハンガー 株式会社

大阪府大阪市北区西天満4丁目8番2号 北ビル本館6階601号

新日本綜合法律事務所内 加藤法律特許事務所

代理人弁理士 加藤幸則

大阪府大阪市北区西天満4丁目8番2号 北ビル本館6階601号

新日本綜合法律事務所内 加藤注律特許事務所

代理入弁理士 笠井翠

大阪府大阪市北区西天満4丁目8番2号 北ビル本館6階601号

代理人弁護士 吉嶋覚

上記当事者間の登録第2276636号商標の登録無効審判事件について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

審判費用は、請求人の負担とする.

理由

1. 本件登録第2276636号商標(以下「本件商標」という。)は、別紙の(A)に表示するとおりの構成よりなり、第19類「台所用品(電気機械器具、手動利器および手動工具に属するものを除く)日用品(他の類に属するものを除く)」を指定商品として、昭和62年11月27日に登録出願、平成2年10月31日に登録されたものである。

2. 請求人は「商標登録第2276636号の登録は、これを無効とする、審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、その理由及び被請求人の答弁に対する弁駁として要旨次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証乃至同第34号証を提出した。

(1)請求人は、別紙の(B)に示す商標(以下、「引用商標(1)」という。)及び別紙の(C)(以下、「引用商標(2)」という。)を引用する。

引用商標(1)は、第4類、第16類、第17類、第21類、第22類及び第23類の各商品区分において、それぞれ登録第1285553号、第1314571号、第1263242号、第1318709号、第1318710号及び第2071356号商標として登録されている(甲第1号証乃至甲第6号証)。

これらは、請求人が請求人の業務に係る商品に使用している登録商標であり、本件商標の指定商品区分たる第19類においては、前記登録第1318709号の防護標章登録第3号として登録されている(甲第7号証及び甲第8号証)。

引用商標(2)は、請求人が主としてハンドバッグ、アクセサリ一等に使用中の商標であって、これと同一性を有する商標は、第21類及び第22類の商品区分において、それぞれ登録第1932457号及び第1811253号商標として登録されている(甲第9号証及び甲第10号証)。これら登録商標は、前記引用商標(1)の登録中、登録第1318709号(甲第4号証)又は第1318710号商標(甲第5号証)の連合商標である。

本件商標の構成は、四隅を丸めた横長の長方輪郭図形内に、その左右両辺に一端が接するように二つの「C」字状図形を左右対称に背中合わせに立体的に交叉させた図形を配したものである。

これに対して、引用商標(1)は、円輪郭内に、二つの「C」字状図形を左右対称に背中合わせに交叉させた図形を配した商標である。

また引用商標(2)は、二つの「C」字状図形を肉太に表わし、これを左右対称に背中合わせに立体的に交叉させた図形である。

よって本件商標と引用商標とを比較検討すれば、全体構成において、前者はやや横長であること、また輪郭部の形状が、後者は正円形状であるか輪郭部を有しないものであるのに対し、前者は四辺形状であることに差異を有するものであるが、輪郭内に表された「二つのC字状図形を左右対称に背中合わせに交叉させた図形」は互いに酷似するものである。

ここにおいて、縦横の比率の差異は徴差にすぎず、また商標構成中の輪郭部は印象に薄いものというべきである(前記登録第1318709号と登録第1932457号の両商標とが連合商標として登録されていること、及び昭和58年審判第25781号審決(甲第11号証)参照)。

而して本件商標の構成にあって需要者に強く印象されるところは、「二つのC字状図形を左右対称に背中合わせに交叉させた図形」にあり、これは後述するように「シャネルマーク」と称されて請求人の営業及び商品を表示するものとして著名な引用商標の基本的構成に他ならないものである。したがって本件商標は、引用商標と相紛れる虞れがある類似の商標というべきである(著名商標との類似判断につき、東京高裁昭和33年(行ナ)第3号昭和33年6月24日判決(甲第12号証)参照)。

請求人は、著名なデザイナーである「Gabrielle(Coco)Chanel」により創設された「シャネル・グループ」に属するスイス国法人であり、商標その他無体財産権の管理等の法的事項を管轄している。

「シャネル・グループ」は、請求人の他、日本国法人「シャネル株式会社」等、世界各地に10以上存在する企業の総称であり、その取扱商品は、香水、化粧品、婦人服、ハンドバッグ、アクセサリー、靴等ファッションに関係する商品である。それら請求人のグループに係る商品は、その品質の高さと独自のデザイン・企画によって、世界の超一流品として日本を含め極めて高く評価されている。

引用商標は、請求人の創始者「Coco Chanel」のイニシャルを図案化したものであり、請求人の営業及び前記各商品について使用され、「シャネル・マーク」と称せられて、請求人の営業及び商品を表示するものとして極めて広く認識されている。

上記引用商標(シャネル・マーク)及び該商標が使用された商品は、数々の刊行物によって紹介されている(甲第13号証乃至甲第26号証)。また、請求人の商標「CHANEL」及び引用商標の模倣・盗用事件が多発しており(甲第27号証乃至甲第31号証)、これら事件における判決(甲第31号証)において、あるいは特許庁における異議決定(甲第32号証及び甲第33号証)において認められているように、引用商標の著名性については特許庁においても顕著な事実であると思料する。

本件商標は、台所用品及び日用品について使用されるものであるが、例えばそれら商品中ハンガーは婦人服等の販売用としても用いられる商品である。また食器類に関しては、ランパン、セリーヌ、エルメス等の著名なファッション・メーカーがこの種の商品を取り扱っている。その他本件商標の指定商品中、洋服ブラシ、簡易買物袋、紙製手ふき、洗面台等の商品は、請求人の商品たる被服、ハンドバッグ、化粧品等と、それぞれの用途用向きにおいて密接な関連性を有する商品である。

以上に述べたとおりであるから、本件商標がその指定商品に使用されるときには、これに接する需要者は請求人の営業及び商品を表示するものとして著名な引用商標と誤認し、恰も請求人の業務に係る商品であるかの如く、その商品の出所について混同を生じる虞れがある。

したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当し、その登録は同法第46条第1項第1号の規定により無効とされるべきである。(2)答弁に対する反論

被請求人は、引用商標の著名性を否定しているが、引用商標(1)の構成をとる登録商標につき、本件商標の指定商品区分たる第19類を含め多数の防護標章登録が認められており(甲第8号証)、これが原登録商標すなわち引用商標の著名性を前提としていることはいうまでもない。

引用商標の如き著名商標については、東京高裁における昭和33年(行ナ)3号(甲第12号証)が示すように、たとえ商標自体を抽象的に対比すれば非類似であっても、これと多少の構成上の相違を有する商標も誤って認識され、これとかれと思い違える事態が発生することは少なくないから、誤認混同を生じる範囲を拡大して考えるべきである。

引用商標の著名性を考慮すれば、両商標を時と処を異にして接する者においては、引用商標のあまりにも強い印象に本件商標が引き寄せられるかたちで思い違いを生じ、請求人の商品であるかの如くその商品の出所について混同を生ずる虞れが高いのである。

また、被請求人は、両商標の誤認混同が生じない根拠として、日本人は多数の「輪違い」の家紋を充分に識別できる能力を有しているからとしてるが、紋章学上で個別に名称を付され区別されているからといって、それら及びそれらに類似する標章につき一般需要者が誤認混同することはないとの主張は、到底納得できるものではない。

例えば、乙第2号証の1中の2個の各種「輪違い」を離隔的に観察すれば、誤認混同を生ずる虞れがあると思料する。

そもそも、商標類否の判断基準となる一般需要者の注意力は時代により経済社会の情勢の推移により当然異なるべきものであるところ、家紋等の紋章については「往時においては社会生活上大きな意義を有していたが、今日におしては生活の多岐、取引の繁忙等のため、紋章の意義も次第に軽視されるに至った」との判断が大審院においてなされている(甲第34号証)。

なお、答弁書において乙第3号証を示して論及するところあるも、事案を異にするものである。

3. 被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として乙第1号証乃至同第7号証(枝番を含む)を提出した。

本件商標は、引用商標(1)及び(2)のいずれとも、全く類似しないものであり、類似を前提とする請求人の主張は認められないこと明らかである。

(1)本件商標については、請求人から登録異議申立てがなされ、本件審判の請求と同様の理由に基づく該請求人の申立てに対し理白がない旨の決定がなされている(乙第1号証)。

(2)日本には紋所という固有のものがあり、その紋章中に二つの輪を鎖状に交叉させたいわゆる「輪違(わちがい)」紋がある。「輪違」には輪の数、輪の連結構成、輪郭の付加等によって僅小な差異による多数のバラエティがあり、本件商標はその中の「丸に輪違」の輪郭を角丸で横長の矩形に変形したものに相当するものである(新人物往来社刊『日本家紋総覧』コンパクト版、秋田書店刊『家紋大図鑑』参照)。

日本人は家紋に類似する図形商標については、このように多数の「輪違」の家紋を充分に識別できる能力を有しているので、本件商標と引用商標について誤認混同を生じることはない。

(3)本件商標は、被請求人が社名の「共和」の文字に因んで創案したもので、「和」が「輪」と同音のところから「共に和する2つの輪」のように社名の理念をとらえ、これを少しく横長にした輪違の紋章で表わし、これを企業体を表わすための枠線、さらに詳しく云えば、看者に美観を与えるとされている黄金分割に略々等しい縦横の比(1:1.25)の角を丸めた横長矩形の枠線内に、両側を枠線に接しさせて表わしてなるもので、総体が太めの線で構成されている。

なお、枠線と接する部分で二つの輪の一端が切れているのは、中央の交叉部分のそれと同様に視覚上の立体感を出すためのデザイン化であって、二つの輪以外のなにものでもなく、輪と枠線とが接点において一体不可分に連結し、全体として一種の唐草状の一体感のある外観を呈しているものである。

これに対し、引用商標(1)は、細い線で表わした円輪郭の中心に、同じく細い線で表わした「C」の欧文字を左右対称に背中合わせに交叉させた図形を表わしてなるものであり、また、引用商標(2)は、色彩の異なる広幅の「C」の欧文字を左右対称に背中合わせに立体的に交叉させてなるものである。

まず、本件商標と引用商標(1)とを対比すると、輪郭部分において、「黄金分割の矩形枠」と「特徴のない円輪郭」の相違があり、枠内・中心各図形部分において、「鎖状の輪違い」と「C.C.の左右対称の交叉」の相違があり、輪郭と図形両者の結合関係において、「接点における緊密な一体接合」と「大きく離間」の相違があり、描線においては、「太線」と「細線」の相違がある如く、部分的並びに全体の構成に顕著な差異があるのに加え、引用商標(1)は、特徴のない細い線で表わされている円輪郭と中心図形との離間の度合いが大きいところから、請求人自身が請求の理由の中で「商標構成中の輪郭部は印象に薄いものというべきであり」、需要者に強く印象されるところは、「二つのC字状図形を左右対称に背中合わせに交叉させた図形にあり」と自認しているとおり、その中心図形のみが要部として看取される結果、これと前述のとおり、矩形の「枠線」と「枠内図形」とが緊密に一体不可分に連結していて、全体が一体感を具えた本件商標とでは、図形全体から受ける視覚的印象が全く異別のものとなり、両者は時と所を異にして観察した場合でも、外観上、十分に区別し得るものであることが明瞭である。

本件商標から「枠内図形」のみを抽出し、これと引用商標(1)の「中心図形」とが酷似しているとする請求人の主張は、甚だ妥当性に欠けるものである。

次に、本件商標と引用商標(2)とを対比すると、本件商標の矩形の「枠線」にあたるものが引用商標(2)には全く欠けており、かつ、本件商標の「枠内図形」自体もまた引用商標(2)の構成と顕著に相違しており、両者の外観上の差異はさらに明瞭である。

また、本件商標と引用各商標とは、格別の意味を生ずることのない図形とみるべきものであり、称呼及び観念の点においても互いに相紛れるおそれのない非類似の商標であることは言うまでもない。

したがって、たとえ請求人の主張の如く引用各商標が一定の分野において本件商標の登録出願前から周知著名となっているとしても、本件商標は引用各商標と全く異なった非類似の商標であって、これをその指定商品に使用した場合、商品の出所について誤認混同を生ずるおそれはない。

よって、引用各商標との外観上の類似性並びに引用各商標の著名性をもって本件商標が商標法第4条第1項第15号に該当するとする請求人の主張は理由がなく、本件商標の登録は商標法第46条第1項の規定により無効とされるべきものではない。

(4)引用商標の著名性について

請求人は甲第13号証乃至甲第32号証を提出して、引用商標が著名であると主張しているが、甲各号証を総合して「シャネル」の社名、「シャネル」の商標が著名であることを否定することはできないが、引用商標が著名であることを認めることはできない。

何故ならばすべての甲号証は「シャネル」又は「CHANEL」の文字の記載はあるが、引用商標の記載を欠くものが多い。

引用商標は商標として使用されずにデザインとして使用されているものが多く、引用商標は請求人の登録商標であることを需要者に認識させていない(例えば甲第14号証のネクタイ、シャツ)。その他バッグの金具の構造として引用商標の構成を採用している(例えば甲第16号証)。

一言にまとめて言えば、請求人は社名又は商標「シャネル」の著名、即ち、引用商標の著名と論理を飛躍させたミスを冒している。

(5)本件の請求人が本件と同一趣旨で請求した昭和60年審判第2165号(乙第3号証)を提出する。この審決は、無効審判の対象となった商標と請求人が引用する商標とほ、時と所を異にして観察するも十分外観上区別し得ると断定しており、この判断は、本件商標についてもそのまま援用できるものである。

(6)弁駁に対する反論

請求人は甲第12号証を再度引用し、「商標自体を抽象的に対比すれば非類似であっても、これと多少の構成上の相違を有する商標も誤って認識され、これとかれを思い違える事態が発生することは少なくないから、誤認混同を生じる範囲を拡大して考えるべきである。」と主張している。この文言はあたかも甲第12号証に記載されていたような書き方であるが、同号証には全くその記載がなく、請求人の作文であり、審判官の判断を誤らせるような文言である。

著名商標は多少類似範囲を拡大解釈して、消費者の保護を図るべきであるかもしれないが、本件商標と引用商標とは大きい相違があるのに本件商標が無効であるとの主張は著名商標の類似範囲を無限に拡大しようとする暴論である。

また、請求人は新たに甲第34号証を引用し、「紋章は往時においては社会生活上大きな意義を有していたが、今日においては生活の多岐、取引の繁忙等のため、紋章の意義も次第に軽視されるに至った。」と主張し、本件商標のような家紋様商標の類似範囲を狭く解釈しようとしているが、該大審院判決が記載されている法律新聞第2676号(乙第4号証)を熟読すれば、前記紋章とは、所謂暖簾記号を意味し、請求人が言う家紋のことを全く意識していない。

従って請求人がこの弁駁書中に記載する「乙第2号証の1中の2個の各種輪違いを隔離観察すれば、誤認混同を生じる虞れがあると思料する。」との主張は理論的根拠を失っている。

なお、請求人は、乙第3号証は事案を異にすると軽視しているが、さらに同旨の審決として昭和57年審判第9930号(乙第6号証)、昭和58年審判第24635号(乙第7号証)があり、9名もの審判官が共通の判断をしていることを示している。

4. そこで判断するに、本件商標は、別紙の(A)に表示したとおり、やゝ肉太の線で表わされた四隅を丸めた矩形枠の中に、それと同じ太さをもって2個の横長の輪を鎖状につなぎ合わせたものを該矩形枠の左右両辺にその一端を接合させてなるものであるのに対し、引用商標(1)は別紙の(B)に表示したとおり、細線で表された円輪郭内に二つの「C」字状図形を左右対称に背中合わせに交叉させてなるものであり、同じく引用商標(2)は別紙の(c)に表示したとおり、二つの「C」字状図形を肉太に表し、これを左右対称に 背中合わせに交叉させてなるものと認められる。

そうとすれば引用商標(1)及び(2)は、二つの「C」字状図形を左右対称に背中合わせに交叉させてなるところに特徴を有するものであるといえるのに対して、本件商標は、前記のとおり、矩形の枠線と2個の横長の輪を鎖状につなぎ合わせた枠内図形とが同一の太さをもって一体不可分に結合された構成よりなるものであるから、曲線の描き方、輪郭図形との組合わせ方を異にし、図形全体から受ける視覚的印象を全く異にするものであるから、時と処を異にしてなされる離隔観察においても、両者は外観上何ら誤認混淆を生じさせるおそれはないものというべきである。

また、称呼、観念についても、本件商標は特定の称呼、観念を生ずるものではないから、引用各商標とは比較すべくもない。

してみれば、本件商標と引用各商標とは、外観、称呼、観念のいずれの点においても相紛れるおそれのない非類似の商標であり、明らかに別異のものといわぎるを得ない。

しかして、請求人は、本件商標が登録出願された以前から、引用商標は「シャネル・マーク」と称せられ、請求人の営業、及び婦人服、化粧品、ハンドバッグ、アクセサリー等の商品を表示するものとして、本件商標の指定商品を含む取引者需要者間に極めて広く知られていたものであるから、被請求人が本件商標をその指定商品について使用するときには、本件商標が著名な引用商標であるかのように誤認され、その使用に係る商品が請求人の業務に係る商品であるかのように、その商品の出所について混同を生じるおそれがある旨主張している。

しかしながら、請求人の使用に係る引用商標が上記各商品に使用され、「シャネルマーク」として我が国においても周知・著名になっていた事実を認めることはできるにしても、本件商標は、引用各商標とは前記のとおり互いに区別することができる明らかに別異の商標と認められるものであることに加えて、請求人の使用に係る前記商品と本件商標の指定商品との差異をも合わせ考慮すれば、両商標間には取引者、需要者をして出所の混同を生じさせる要素はないものというのが相当である。

してみれば、本件商標は、被請求人がこれをその指定商品について使用しても、請求人の業務に係る商品であるかの如く商品の出所について混同を生じさせるおそれはないものといわなければならない。

したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に達反して登録されたものとはいえないから、本件商標の登録は、商標法第46条第1項第1号により、これを無効にすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年3月13日

審判長 特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

別紙

〈省略〉

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